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映像作家・村岡由梨のブログ http://www.yuri-paradox.ecweb.jp/

思春期

「成人の日」は別名「私の中のチグハグを再認識する日」でもあって、今年もしっかりチグハグしていました。このブログにも何度か書いたけど、私の年齢感覚は、外界と事実上の接触を断った「中学3年生」で止まっていて、それ以上の年齢の人を見ると、「自分より年上の人だな」という感覚なのです。いまだにね(苦笑)。

 小学校に上がりたての時って、小学6年生がすごく大人に見えるじゃない? それと同じで、私にとって「高校生」は「大人」で、ましてや成人した人達は「相当な大人」なわけです。

 私はお酒を飲まないんだけど、時々「飲もうと思えば飲めるんでしょ」とか言う人がいるのね。だけどそれはとんでもない話で、私の中では「あり得ない」ことなんです。だって、中学生に向かって「あなたお酒飲もうと思えば飲めるんでしょ」なんて言って飲ませようとする人は滅多にいないはず! それぐらいあり得ないということです。 飲もうとも思わないし、飲みたいと思ったことも1回も無いです。お正月、母に「おとそを少し飲んでみなさい」と毎年必ず言われるので、一口なめてみるんだけど、「げー、まずい、こんなおいしくないものよく飲むなあ」といつも思います。

 大好きな牛乳があれば、私は十分です。

 そして、年齢と言えば、あれです。これも前にブログに書いたけど、私の目下の心配事は「ねむとはなが中学3年生以上になった時、果たして私は大丈夫なのか」ということです。これは大きなパラドックスですね(苦笑)。大丈夫かな、私。

 ちなみに、私自身の成人式を振り返ってみると、父が「晴れ着を着て、記念写真を撮りなさい」と言ってくれたお金で、イメージフォーラム付属映像研究所に入所しました。当時は「晴れ着を着て、記念写真を撮って、成人式に参加する」なんてことは、クソッタレのすることだと思って微塵もやる気が起きなかったのです(笑)。今思うと、親孝行の為に写真くらい撮れば良かったかなあとも思うけど、イメージフォーラムに入っていなければ今の私は無いので、後悔はしていません。

 ああ、あと、自分が20歳過ぎて生きているとは思わなかった。10代の頃は「自分は絶対20歳になる前に死ぬ」と思っていたので、というか、いまだに思っているので、これに関しては、何だか不思議な、というか、あまり気分は良く無かったです(苦笑)。

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 この前、とにかく気分が落ち込んでいて、そんな時に「気分が落ち込んでいる時に会いたくない人No.1」なおばあさんにどうしても会わなくてはならなくて、ますます落ち込んでいたんだけど、その人に別れ際驚くべきことを言われました。

 「ゆりさん、最近本当にお綺麗になって落ち着きがでましたわね。もうあなたも二児のお母様なんですもの、それくらいが丁度宜しくてよ。 これからもっと御自分を磨けば、幼稚園のお母様方にも一目置かれるようになると思いますわよ」

 その人の顔は、国立国2008に展示してあった油彩のうんこにそっくりだなあ、と今これを書きながら思っています。

 上のセリフを言われた時は、ただもう絶望的な気分で、今にも涙がこぼれてしまいそうだったんだけど、ぐっと歯を食いしばって「アドバイス頂いてありがとうございます」と笑って言いました。

 本当は、こう言いたかったです。

 「私は、幼稚園のお母様方に一目置かれるようになんて、なりたくないですわよ」

 落ち着きがでたわけじゃなくて、落ち込んでいただけなのに!!!

 嫌で嫌で仕方が無い仕事も、しなければいけない。

 言いたいことがあっても、我慢しなくちゃいけない。

 仕事が無くなれば、会社が傾く。

 会社が傾けば、従業員にお給料が払えなくなる。

 私も生活が出来なくなる。

 それで結構な話じゃないか!

 私一人なら、どうなろうとも構わない。

 でも、二人の娘の、

 食べるもの、着るもの、住むところ、学費。

 

 お金のために、仕事をするなんて。

 私は何ていう人間になってしまったんだろう。

 

 「お金のため」なんて言って、働きたくない。

 不平不満を言いながら、働きたくなんかない。

 「この御時世なんだから、仕事があるだけでもありがたいと思いなさい」最近何度も自分に言い聞かせています。ありがたいと思わなくてはならない状況なのに、なぜだか涙が出るので、とても辛いのです。

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 目星をつけていたギャラリーから電話があって、私のHPを見たその人は、「作品が刺激的すぎる」「ヌードなどの作品だと展示は難しい」と言われました。「展示内容を考慮するのであれば使用ok」「当ギャラリーは通りに面しているので人目につくんですよ」「なかにはお子様連れの方もいらっしゃるので」とのことでした。

 相手が余りにも申し訳なさそうだったし、私も「ごもっともだな」と思う部分もあったので、「私にも子供が二人いますので理解出来ます、大丈夫です」「もう少し考えてみます」と言って電話を切りました。

 電話を切ってから、このやり取りを自分の頭の中で反芻しました。

 「当ギャラリーは通りに面しているので人目につくんですよ」という風に言われて、それが、このギャラリーをいいなあと思った理由なのになあ、とぼんやり思いました。

 私の作品って刺激的なのか、ともぼんやり思いました。別に私自身は、観客に刺激を与えようと思っているわけでもないし、その為に裸になっているわけでもないので。自分の裸に自信があるわけでも、特に露出狂というわけでもないです(苦笑)。ただ、「私の裸は(他の女の人みたいに)いやらしくない」という変な自信があったので、それをある意味打ち砕かれて、考えさせられました。私の作品は、子供がいたら、「こらっ、見ちゃいけません」って目隠ししなきゃいけないような類いの作品なのかあ、とか。

 ああ、何かもうこれに関しては、頭がグラングランするのでとりあえず考えるのやめます。

 「展示内容に考慮して」作品を制作してみる、っていうのも、私にとってはやってみる価値のあることだろうしね。

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 ああ、またこういうことをだらだらブログに書いたら、読んでる人から怒られたりするのかしら。

 「怒られたりするのかしら。」って書いたら、さらに怒られるのかしら(苦笑)。

 とにかく、何が言いたかったのか、というと、

 居場所が無い

 ということです。

 表現をしている人たちの中には

 「自分の居場所が無い」と感じている人が少なからずいると思うけど、

 そういう人たちの中にも、私のいるべき場所が見つかりません

 この世界のどこに自分の居場所があるのか、

 あなたに私の何がわかるんだ

 と幼い頃から思っていて、今もそう思っているということです

 生まれた時からたくさんの人にかわいがられて愛されて

 今もかわいい娘二人に恵まれているのに、

 どうして私の中の孤独感は消えないんだろう、ということです

 どこまでも自由で美しい空を見ると

 最近どうしても涙が出てしまうのです

 とりあえず、有言不実行なことをやめようと思います。

 先月の個展に来て下さった万城目純さんが「作品のテープを送って欲しい」とのことだったのに、まだ送っていないことを思い出しました。早速準備します。

 社交辞令なんて、くそっくらえだと思います。