映像作家・村岡由梨のブログ http://www.yuri-paradox.ecweb.jp/

黒いプードルと白いプードル

2008年11月?日。

この日は早朝から現場仕事だった。

刺すように冷たい朝の冷気の中、

私は、薄灰色の曇り空を見上げ、

自転車を走らせ、某所へ向かった。

常に礼節をわきまえている老紳士の、

排泄介助と朝食準備が主な仕事だった。

一通りの仕事を済ませ、自宅へ自転車を走らせた。

途中、並木道の向こう端から、

一羽の真っ黒いカラスが

大きな羽をまっすぐに広げ、

一直線に私の方へ飛行してきた。

早朝の曇り空に、光が差し始めていた。

家に戻ると、

日曜日の朝ということもあって、

夫も二人の娘もまだ眠っていた。

とても疲れて、体も凍えきっていた私は、

すぐに寝間着に着替え、娘の隣の布団にもぐり込んだ。

夢を見た。

常に礼節をわきまえている老紳士の、

排泄介助と朝食準備を、終わらせたところだった。

さあ、帰ろう。

ところが、

自分の眼球が

思うように、動かない。

空間が、時間が、歪んでいる。

体が、重い。

ここは、どこだろう。

老紳士のマンションのはずだ。

異様に広くて薄暗く、何だか蒸し暑い。

広い空間に、古びたベッドが一台、宙に浮くように置いてあるだけ。

遠くに一枚、窓があるようで、

なま暖かい風に、薄汚れたカーテンが揺れているようだ。

ベッドから少し離れた場所に、

出入り口のドアが開いていて、

見慣れぬ掃除婦が一人、こちらを伺っているようだった。

そして、老紳士が、

ベッド脇に立ってこちらを見ていた。

老紳士は、無言で

顔をしわくちゃにして

口が裂けるほどの笑みを浮かべていた。

ズボンを見ると、股間が大きく濡れていて、

おしっこを漏らしてしまったので、

オムツを替えて欲しい

ということなのだと、私はすぐに理解した。

私は、重たい頭のまま、

老紳士をひとまずベッドに寝かせ、

オムツ交換をし始めた。

思うように手が動かない。

空間が、時間が、歪んでいる。

時間が一定に進まない。

時間が巻き戻る。

時間が繰り返す。

ふと気が付くと、私の足元に黒いプードル犬がいた。

私は、オムツ替えを続けた。

ふと気が付くと、プードルは消えていた。

ふと気が付くと、私の足元に白いプードルがいた。

ふと気が付くと、私の足元に小さい白いプードルがいた。

ふと気が付くと、私の足元に小さい黒いプードルがいた。

ふと気が付くと、私の足元に大きい黒いプードルがいた。

「終了間際にオムツ内に排尿しオムツ交換をしたので、サービス時間が30分延長

した」と、

電話で、母に報告した。

帰る途中、

巨大なガラスのゴーグルをした、うす桃色の巨大な海鳥が、

私が飼っているらしい、これまた巨大な灰色の海鳥を

両脚の爪でしっかりと挟み、

連れ去って行くところだった。

私の灰色の鳥は一切抵抗することもなかったが、

去り際、私と目が合って、

作り物のような真っ黒い目は、

まっすぐ私を見つめていた。

私の灰色の鳥を連れ去ったゴーグル鳥は、

空高く舞い上がると、遥か彼方の上空から

突然、両爪の戒めをほどいた。

私の灰色の鳥は重力に逆らうこともなく、

一直線に遠い地面に落ちて行って、

恐らく、死んでしまったようだった。

空を見上げると、ゴーグル鳥が何羽も飛んでいて、

私がいたすぐ傍の民家の生け垣にも一羽、とまっていた。

そのゴーグルの奥の両眼は

じっと、私をにらんでいた。

家の近くにようやく辿り着いた時、

なぜか、私は自転車に乗っていなくて、

野々歩さんと眠と花が、傍らにいた。

すると突然、一本道の向こうから、

無色透明で、とろみのある、巨大な流れが押し寄せてきたので、

私達4人は、すぐ傍の民家の門柱の身を寄せて

その場をしのいだ。

そして、流れが落ち着いた頃、

私は眠の手を取り、野々歩さんは花を抱いて、

野々歩さんの背丈ほどの水位のあるその川を

泳いで、家路に着いたのだった。