穴
今朝、私のからだに、また一つ大きな穴があいた。
停電騒ぎが一段落した後、私は自宅のアパートを出て、自宅前の実家兼事務所へ向かった。
事務所の門を開けて入り、ガレージを通り過ぎようとした時、今年で12歳になったラブラドールのキースが不自然に横たわっているのに気がついた。 両眼は開いたまま、呼吸が止まっていて、すでにハエが数匹たかっている状態だった。
私は、体の中心から力が抜けて行くのを感じた。
その後のことはよくわからない。とりあえず母らがテキパキとキースを玄関の中に移動させ、キースの体の数カ所に氷嚢をあて、暫くした後、葬儀屋がやって来て、キースを棺に入れ、運んで行った。その後、私の姉と弟が立ち会いのもと、キースは火葬された。そして、今、実家の居間にシルバーの骨壺が置かれている。
今も甚だしく混乱していて、何が何だかよくわからない。
食事をとろうとして、ふと「キースはもうごはんを食べないんだな」と考えると、胸がとてつもなく苦しくなる。 ふと、自宅の窓から外を見た時、昨夜キースが、今までに無いような鳴き声をあげて私の方を見たのを思い出すと、耳が張り裂けそうになる。 シャワーを浴びていて、ふと火葬場の竃の中で燃えて行くキースの体を思い描いて、内臓が焼けるような苦しみを覚える。
硬直したキースの体を目の前にして、シルバーの骨壺を目の前にして、私はただひたすら「これからずっと側にいて」と念じ続けた。
今もまだ混乱していて、相変わらず体の中心に力が入らない。
誰にも会いたくないし、何もやりたくない。仕事も作品制作も家事も育児も何もかもやりたくない。
それでも現実は容赦なく、腑抜け状態の私に苛立ちを含んだ眼差しで容赦なく突き刺さる。「これ運ぶの手伝って」「明日の仕事は8:00から」「○○さんからクレームが来た」…デリカシーの欠片も無い人達の会話、娘がぐずる声、憔悴する夫、差し迫る作品制作…
精神が瓦解しそうだ 精神が瓦解しそうだ 精神が瓦解しそうだ
キースの体を火葬にしなければいけないのは、体が腐ってしまうから。
一部の人達を除けば、他人にとって、キースが死んだことなんて取るに足らないこと。
そんなことわかっている。わかっている。わかっている
わからないわからないわからない
私のからだ中にあいた穴から、激しい憎しみと怒りが流れ落ちている。
誰に対してとか、何に対してとか、そんなものではない。
このからだがもっと穴だらけになって、早く消滅してしまえば良いと思う。